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「団長安田 震災体験から防災士へ」

団長安田が語る阪神・淡路大震災から30年 親友の死を乗り越え「日本一面白い防災士」として伝え続ける震災の記憶と防災への思い

目次

20歳で震災を経験、親友との別れ

安田大サーカスの団長安田(50)は、兵庫県西宮市で阪神・淡路大震災を経験しました。成人式からわずか2日後、小学校1年生からの親友だった山口恵介さん(当時20歳)が倒壊したビルの下敷きとなり命を落としています。約5日間、友人たちと交代で救出を待ち続けましたが、その時の記憶は今でも曖昧なままです。

トラウマを乗り越えた転機

長年、震災について語ることができなかった団長安田は、あるお坊さんの言葉をきっかけに心境の変化を感じたといいます。「人間には二つの死がある。一つは命が本当に亡くなった時。もう一つはその人の名前や記憶が世の中から忘れ去られた時」という言葉に、山口さんや震災の犠牲者の顔が浮かび、伝えていく使命を感じ始めたのです。

芸人としての決意と成長

それまでは定職に就かず、自由な生活を送っていた団長安田でしたが、親友の死をきっかけに人生の転換点を迎えます。「芸人になれ」という山口さんの言葉と、若くして命を落とした友人の姿に、人生の短さを実感し、すぐに芸能事務所の養成所に通い始めました。

独自の防災啓発活動

講演では「お笑い8割、震災2割」という独自のスタイルを確立しています。専門家の硬い講演とは一線を画し、笑いを交えながら防災の大切さを伝える手法で、多くの人々の心に届く活動を展開しています。2023年12月には防災士の資格も取得し、より説得力のある発信を目指しています。

伝え続ける二つのメッセージ

団長安田が防災士として特に伝えたいことは二つあります。一つ目は「やりたいことはすぐにやるべき」という人生の教訓です。二つ目は「防災で最も重要なのは人とのつながり」という気付きです。日常的な挨拶や声かけの重要性を説き、コミュニティの力の大切さを訴えかけています。

震災30年の今に込める思い

震災から30年が経過し、記憶が薄れていく中でも、団長安田は「日本一面白い防災士」として、独自の方法で震災の教訓を伝え続けることを決意しています。親友との約束と、震災で得た教訓を胸に、これからも防災啓発活動を続けていく覚悟です。

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